音楽における装飾は、旋律や和声、リズムをさまざまに強調し特徴づけることをとおして、色彩豊かな装いをほどこすものである。西洋音楽の歴史に限ってみるならば、装飾がもっとも重視されたのは16~18世紀であった。この時代、作品および演奏には豊麗な響きや絶えざる変化、緊張感あふれる対比などが求められ、そうした美意識を具体化するうえで、即興性に富む装飾は有効かつ不可欠な手段となった。
一般に装飾は、楽譜上、トリルやモルデントなどのいわゆる装飾音記号で示される。しかし、定型化された装飾であっても記号の解釈は一様でないため、とくにフランスには出版楽譜に装飾音表をそえて奏法を例示した作曲家が多かった。また、変奏曲など装飾音型が具体的に細かく楽譜に書き込まれている作品があるいっぽう、楽譜上ではまったく指示がなく、習慣的に演奏者の即興に旋律装飾がゆだねられることもある。つまり、装飾は、単に飾りという以上に、ジャンル様式や時代様式、個人様式と密接に結びついて作品の内容や性格をかたちづくる重要な要素なのであり、最終的にその表現効果は演奏解釈の場に大きく負っているといえる。